法人成り後に個人事業主を廃業しない場合のデメリットとは

「法人成り」とは、それまで行っていた個人事業から株式会社などの法人へ事業を引き継ぐことをいいます。

通常、法人成りをした場合には、個人事業は廃業しますが、そのまま個人事業を廃業しないことは可能なのでしょうか?また、その場合には、何かデメリットはあるのでしょうか?

この記事では、法人成り後に個人事業主を継続することの可否や個人事業を廃業しない場合のデメリットについて解説いたします。

法人成り後に個人事業を残した場合のデメリット

法人成りをした場合でも、従前の個人事業を残して事業をすることは可能です。

しかし、その場合には以下のようなデメリットが生じる可能性があるため、これらについてもよく考えたうえで判断することが必要となります。

法人・個人ともに売上げが少なくなる

法人成りをして個人事業を残した場合には、既存の事業の一部を法人に移し、残った部分で個人事業を続ける形となります。

しかし、もともとの事業の大さは変わらないため、事業を分割したことにより、法人・個人事業のいずれについても、売上げの規模が小さくなってしまいます。

 

融資審査で不利になる可能性がある

法人と個人事業は名目上、別事業とみなされそれぞれについて審査がされますが、法人成りの結果、法人と個人事業について売上げが減少する場合には、融資審査におけるマイナス評価となります。

 

また、通常は、法人成り後に個人事業を残すメリットがないことから、しっかりとその理由や趣旨を説明できない場合には、節税目的ために行っているものと疑われ、この点においても融資審査に悪影響を及ぼす可能性があります。

税の負担が大きくなる

法人成り後に個人事業を残した場合、法人の事業では、 法人税・法人住民税・法人事業税などの税金がかかりますが、仮に利益が赤字となった場合でも法人住民税の均等割額が発生します。

(金額は地域によって異なりますが、東京23区の最低額は7万円)

一方、個人事業については、所得税や住民税、個人事業税などがかかる他、法人で給与をもらっていれば、それも給与所得として課税対象となります。

また、法人については、原則、設立後2期を経過するまでは消費税の免除対象となりますが、資本金や期中の売上げ、給与支払額が1,000万円を超える場合には、やはり消費税の課税対象となります。

このように法人と個人の両方について税負担をしなければならなくなるため、一般的には法人に一本化した場合よりも税負担が大きくなりやすくなります。

記帳や申告手続きの手間が増える

法人と個人の両方で事業をする場合には、法人については決算申告、個人については確定申告の手続きがそれぞれで必要となるため、記帳や申告手続きが増えるとともに、税理士に手続きを依頼した場合の費用も大きくなります。

利益相反取引となる可能性がある

法人と取締役個人の間で売買などの取引を行う場合には、両者の間に利益相反関係が生じるため、法人側で株主総会又は取締役会による事前の承認決議を行う必要があります。

取引先に混乱を生じる可能性がある

法人と個人で同じ内容の事業をした場合、既存の取引先にとってはどちらと取引を続ければよいのかがわからなくなってしまいます。

また、新規に取引を始めた顧客にとっても、法人と個人でどのような違いがあるのかがわからないと、取引をする上での支障となります。

事業の内容が完全に分けられている場合は問題ありませんが、同じ事業を引き続き行うような場合には、取引先を混乱させる要因となります。

法人成り後、個人事業を継続することは可能か?

法人成りをした後に個人事業を残すことは可能です。

しかし、その際にはいくつか注意しなければならないことがあるため、トラブルとならないよう配慮して事業を行う必要があります。

「法人成り」とは?

本来、「法人成り」とは個人事業主が新たに株式会社や合同会社などを設立して、個人の資産(預貯金や固定資産など)と負債(借入金や借入金など)を新設会社に引き継ぎ、事業を継続することを意味します。

そのため、単に資本金だけを出資して新たに法人を設立するだけのケースとは異なります。

 

法人成り後に個人事業を残すには

法人成りをした場合には、個人事業については廃業をするのが一般的です。

しかし、個人事業で複数の事業を行っていた場合に、そのうちの一部だけを切り離して法人にすること自体は問題ありません。

 

ただし、この場合には、明確に法人と個人の事業の領域を分離する他、口座や経理の面でも区別するなどの必要があります。

なお、法人成り後に個人事業でも同じ事業を行うことは、意図的に税金の調整ができてしまうためNGです。

このようなことをした場合には、脱税の意図ありとして、高い確率で税務調査の対象となりますので注意してください。

法人成り後、個人事業を廃業する場合に必要な手続き

もし、法人成りをした後に個人事業を廃業する場合には、個人事業について次のような手続きが必要となります。

  • 個人事業の開業・廃業等届出書
  • 所得税の青色申告の取りやめ手続き
  • 給与支払事務所等の廃止届出書
  • 事業廃止届出書
  • 事業廃止等申告書(都道府県や市区町村)

法人成りしたとき、それまでの許認可はどうなる?

何らかの許認可を取得している個人事業が法人成りをした場合には、許認可について注意すべきことがあります。

それは、「法人成りをした場合には、多くの許認可が法人に引き継がれない」ということです。

代表的な許認可としては、飲食業における営業許可や酒販店の酒類販売に関する許可、リサイクルショップの古物商許可などがありますが、これらはいずれも個人から法人へ引き継ぐことができません。

そのため、法人成りをした場合には、あらためて法人名義で許可を取得しなおす必要があります。

これは個人事業を残して、法人で営業する場合にも同じことがいえます。

 

また、個人事業の時に問題なく取得できたからといって、法人でも同じように取得できると限りません。

なぜなら、許認可によっては、法人と個人事業とでは要件が大きく異なることが多いからです。

そのため、法人で許認可を取得する要件などを事前に確認しておかないと、必要な要件を満たせないために取得できないということもあります。

とくに、法人と個人で同じ事業をする場合には、法人側について許可要件が満たせなくなるケース(専任者が足りない、最低資本金が満たせないなど)が多くなることにも注意してください。

なお、建設業許可については令和2年10月の改正により、建設業者の相続や会社の合併、分割、個人事業主から法人成りする場合であっても、建設業許可を承継する制度ができました。

しかし、個人事業を残したままで新設法人に許可が下りるかどうかについては、事業の状況や許可窓口の判断によることになります。

判例で見る法人と個人事業主間の業務委託について

前段において、新設法人と個人事業で同じ事業を行うことはNGと説明しましたが、これについては裁判においても厳しい判断がされています。

事例は、個人事業主が自分の設立した会社との間で業務委託契約をし、法人から個人に支出した「外注費」を必要経費として認められなかったことを争ったものとなります。

これについて裁判所は「代表者が行っていた事業と同様の事業を法人で行う場合は、特段の事情がない限り、原則として法人に引き継がれたものとする」としたうえで、「個人事業主と自分が設立した会社との業務委託契約で支出した外注費を必要経費にできない」と判決しました。

 

参考:平成23年6月30日裁決事例

業務委託による以外にも、個人と法人との間での契約にはいくつもの方法が考えられますが、結局のところ、その取引に業務上の関連性や社会通念上の妥当性、客観的に見た場合の公平性がなければ、税務署に否認されてしまうこととなります。

また、このような形態での取引については、それが脱税やマネーロンダリング、反社会勢力との取引の温床となる可能性が高いため、金融機関からも非常に警戒して見られます。

したがって、業務上での必要があり、それが明確に説明できる場合以外では、法人と個人事業を並行して行うことは得策ではないといえます。

まとめ

「法人成り」をした上でその一部を個人事業として残すことは、原則として問題ありません。

しかし、通常はそのようなことをするメリットがないため、融資が不利になったり、税務当局から疑われる元となりやすくなります。

とくに、同じ業種を法人と個人事業の双方で行う場合には、トラブルの元となるだけでなく、課税上も不利となるため、行わないようにしましょう。

また、事業の一部を切り離して法人成りをする場合にも、口座や経理などを完全に分離し、別の事業であることが明確となるよう注意する必要があります。