日本政策金融公庫から借入のある場合の法人成り手続き

個人事業主から法人成りをするときには、さまざまな手続きが必要ですが、その中の一つに「個人事業時代の借入れ」の処理の問題があります。

この点について「借入れを残したまま法人成りできるのだろうか?」、「法人に何か悪影響があるのでは?」などとご心配になる方もいるのではないでしょうか?この記事では、個人事業の借入れがある場合の法人成りの手続きと処理のポイントについて解説いたします。

「法人成り」とは?

法人成りとは、それまでの個人事業から経営の主体を法人に切り替えることをいい、個人事業主が別途に法人を設立する場合とは異なります。

 

また、法人成りの場合には、通常、会社と個人事業主との間で売買契約を行って事業用資産を移転することになります。

個人事業の時の負債の種類とその処理の方法

個人事業の時に発生する負債には、次のような種類のものがありますが、それぞれで処理の仕方が異なります。

日本政策金融公庫などからの借入れの処理

負債の代表的なものとして「日本政策金融公庫からの借入れ」があります。

個人事業の時に日本政策金融公庫から借入れた負債については、あくまでも個人事業の時にできたものなので、法人成りをしたからといって勝手に法人に引き継がれることはありません。

 

ただし、これを法人に引き継いだ場合には支払利息を法人の経費にすることができるというメリットがあります。

また、法人成りをした結果、売上げのほとんどが法人に移ってしまい代表者個人の収入だけで返済が難しいような場合には、法人から貸付を受けて返済しなければならないこととなります。

しかし、このようなケースでは、「代表者個人については、法人からの借入れが発生」、「法人については、個人についての貸付が発生」することとなるため、決算書のバランスが悪くなるだけでなく個人と法人の関係が不明瞭となるため、金融機関の印象を悪くすることとなります。

買掛金・未払金について

「買掛金」とは、事業の取引の中で生じた「掛けによる支払い債務」のことをいいます。

また、「未払金」とは、買掛金以外の取引によって生じた債務となります。

個人事業で生じた買掛金・未払金についても、これを個人が支払うのが原則です。

 

しかし、もし、これを新法人が支払うのであれば、個人から法人へ切り換えるタイミングを決め、取引先の同意を取ったうえで新法人から支払処理をするというのが一般的な流れとなります。

ただしこの場合には、買掛金等をいちど個人から法人に引き継ぐという処理が前提として必要となります。

また、これらを法人に引継ぐ場合は、法人成りをする前日時点の帳簿価格で引継ぎをする必要があります。

個人の借り入れを法人に引き継ぐときの「債務引受」について

「債務引受」とは?

個人事業時代に生じた日本政策金融公庫からの借入金については、法人成りをする前に公庫と相談して、どのような処理をするのかを十分に協議しておく必要があります。

もし、公庫の要望を無視して手続きを進めてしまうと、後で思わぬトラブルを引き起こす元となります。

なお、銀行からの借入金を新法人に引き継ぐときには「債務引き受け」の契約が必要となります。

 

債務引き受けとは、債務者(この場合には個人事業主)が負担する債務を契約によって第三者(この場合には新法人)に負担させる行為です。

これまでも債務引き受けは慣習的に行われてきましたが、今回の民法の改正により正式な制度として認められました。

債務引き受けには、「免責的債務引受」と「併存的債務引受」の2種類があります。

「免責的債務引受」

免責的債務引受とは、「債務の引受人がこれまでの債務者が債権者に対して負担する債務と同一の内容の債務を負担し,債務者は自己の債務を免れる」ことをいいます。

(民法472条)

法人成りのケースでいえば、個人事業主の借入れを新法人のみが引き継ぎ、その後は新法人だけが債務者として債務を負担することとなります。

この場合に、新たな債務引受人である法人が公庫に対して弁済をしても、個人事業主に対して求償することができません。

「併存的債務引受」

併存的債務引受とは、「債務の引受人が債務者と連帯して,債務者が債権者に対して負担する債務と同一の内容の債務を負担する」ことをいいます。

(民法470条)

法人成りのケースでいえば、個人事業主の借入れを個人事業主と新法人が一緒に引き継ぎ、その後は両者が連帯して債務を負担することとなります。

なお、免責的債務引受と併存的債務引受のどちらをする場合でも、公庫との契約が必要となります。

個人事業の借入れの処理のパターン

以上のように、個人事業の借入れについては、

① 個人事業主が完済、またはそのまま返済していく

② 免責的債務引受をして、その後は新法人が返済していく

③ 併存的引き受けをして、個人事業主と新法人が連帯して返済していく

④ 個人事業主がいったん返済したことにして、法人で同額を借りる(借換え)

のいずれかとなります。

しかし、②の場合は実質的に個人事業主を免責することとなるため、新法人に信用や実績がない場合には認められにくいこともあります。

そのため、そのようなときには、実質的に連帯債務者が増える形の併存的債務引受を求められたり、信用力の不足する分につき担保の追加を求められるケースもあります。

また、個人事業の時の借入れについて代表者が担保の提供をしている場合には、「不動産についても法人名義に切り替えるのか?」、もしくは「代表者が法人の借入れに対して担保の提供をする形にするのか?(物上保証)」などの問題が生じる可能性がありますが、この点について公庫と協議する必要があります。

なお、④の借り換えが認められるかどうかは日本政策金融公庫の判断によります。

借入額の残高が少ない、これまでの個人事業主が新法人の代表として連帯保証人となるといったケースでは認められやすいですが、借入額が多い、新法人の財務内容が悪いといった場合には、借換えできないこともあります。

免責的債務引受の場合は利益相反取引に注意!

利益相反取引とは?

債務引き受けの中でも「免責的債務引き受け」をする場合には、代表取締役と法人の間で利益相反取引となることに注意が必要です。

 

「利益相反取引」とは、同一人が一方にとっては利益になるけれど、他方にとっては不利益になる当事者として関与する取引を意味します。

たとえば、代表取締役が自己所有の不動産を会社に売り渡す場合などが、その代表的な例となります。

この場合、不動産の売却価格を高く設定してしまうと取締役個人にとっては有利でも会社には不利な取引となってしまうことから、代表取締役と会社の利益が相反することとなります。

これと同じく、免責的債務引き受けにおいては、これにより代表取締役がそれまでの債務を免れ、会社がそれを引き受けることとなるため、やはり利益相反取引となります。

利益相反の場合に必要となる手続き

この利益相反取引をする場合には、会社側の利益の安全を担保するために、取締役会設置会社であれば取締役会の承認、もし、取締役会非設置株式会社であれば、株主総会の承認が必要となります。

 

この承認を受けない出した取引は、原則として無効となります。

また、利益相反取引によって会社に損害が生じた場合には、その取引をした取締役は、会社に対して損害賠償責任を負うことになりますが、その決議に賛成した取締役も、自分に過失がなかったことを証明しない限り、任務懈怠として損害賠償責任を負うことになります。

なお、債務引受について利益相反となる場合には、その決議に関する議事録を作成し、保存することが必要となります。

これは借入れをしている金融機関からも写しを求められるので注意しましょう

債務引受けを承認する議事録には、以下の事項を記載します。

  • 議事名(臨時株主総会等)、開催日、出席者、場所、株主総会の場合は出席株主の株式数
  • 議事名および議事の内容(債務引受をすることや、債務の金額やその他の内容)
  • 法人が債務引受けを承認したこと
  • 出席者の署名と押印

引き継ぐ資産と負債の大きさに注意!

法人成りに伴い、新法人が個人事業主から資産や負債を引き継いだ場合は、「資産の方が大きいか?」、それとも「負債の方が大きいか?」でその後の取り扱いが違ってきます。

資産より負債の方が大きい場合

個人事業から法人成りをする場合、事業に関する資産と負債を法人に引き継ぎます。

たとえば、資産については在庫、仕掛け品、売掛金、固定資産などが、負債については借入金、買掛金、未払金などがこれにあたります。

しかし、法人が個人事業から引き継いだ負債の額の方が、資産の額よりも大きい場合には、その差額が「貸付金」という取り扱いとなります。

これは、法人から見た場合、「個人事業主に対する貸付金」ということを意味します。

たとえば、資本金100を出資し、個人事業主から資産1,000、負債1,500を引き継いで設立した会社があった場合、法人の貸借対照表では資産の部1,100(1,000+100)、負債の部1,500、資本の部100となるため、資本の部と負債の部+資本の部の比較では1,100:1,600となります。

この時の差額500が貸付金となります。

この貸付金についてはその後定期的に返済し、かつ利息をつけて支払うことが必要となりますが、これをしない場合には税務上「役員賞与」として認定されてしまいます。

役員賞与は原則、法人の経費にできないだけでなく、これをもらった個人の側では所得税の対象になります。

資産のほうが負債よりも大きい場合

上述のケースとは逆に、法人が個人から引き継いだ資産のほうが負債よりも大きい場合には、その差額は法人の「借入金」になります。

 

これは、法人から見た場合、「個人事業主からの借入れ金」ということを意味します。

いずれにせよ、法人の負債の一部となるため早めの処理が必要となります。

まとめ

個人事業主から法人成りをした際に日本政策金融公庫からの借入れは、代表者個人がそのまま支払いを継続することが原則ですが、その他にもいくつかの方法があります。

ただし、債務の引き受けをする場合には日本政策金融公庫の同意と契約が必要となる他、免責的債務引き受けなのか・併存的債務引受なのかにより、大きく法的効果が異なります。

また、法人に引き継いだ資産と負債の大きさにより、その後の処理が変わることにも注意してください。