法人成りのタイミングや目安を税理士が解説します

個人事業をされている方の中には「法人成りをしたいけど、タイミングがよくわからない」,「法人化したことによるデメリットが不安」と、なかなか法人成りに踏み切れずにいる方もいらっしゃるのではないでしょうか?確かに、法人成りにはメリットだけでなく、デメリットもあります。

しかし、これらを正しく理解した上であれば、各種の特典を享受したり、事業の拡大につなげることが可能です。

この記事では法人化によるタイミングやそれによるメリット・デメリットについて解説いたします。

法人成りを検討する7つのタイミング

個人事業主が法人成りをするには様々なタイミングが考えられますが、その代表的なものとしては以下の7つがあります。

節税効果:課税売上高が1,000万円超

個人事業主が法人成りをするタイミングの一つとして、「売上高が1,000万円」を超えたときがあげられます。

個人事業主が売上げ1,000万円を超えた場合には、原則、2年前の売上高に消費税が課税されるため、2期前の売上げが1,000万円を超えている方については、その翌年から消費税が課税されることとなります。

しかし、法人成りをした場合には、最大2年間の消費税の免除を受けることができます。

 

このとき、「2期前の売上が法人にも反映されるのでは?」と疑問に思う方もいるかと思いますが、新設法人と個人事業主はまったくの別人格となるため、個人事業主の過去の売上高は法人には影響しません。

ただし、2年間消費税の免除を受けるためには以下の要件を満たす必要があります。

① 「設立した会社の資本金が1,000万円未満」であること(1期目免除の要件)

② 特定期間の売上げまたは従業員給与が1,000万円以下であること(2期目免除の要件)

※ 特定期間:個人事業主の場合は、前年の1月1日から6月30日

これらの要件を満たせる場合には、課税事業者となる少し前が法人成りをするタイミングとして適しているといえます。

また、以下のようなケースで法人化した場合には、4年間消費税の支払いの免除を受けることが可能となります。

第1期目 営業期間5ヶ月で売上げが500万円 → 消費税関係なし

第2期目 営業期間12ヶ月で売上げが1,100万円 → 消費税免除

第3期目 営業期間12ヶ月で売上げが1,300万円 → 消費税免除

第4期目 営業期間12ヶ月で売上げが1,300万円 → 法人化により消費税免除

※ 本来であれば、4期目で課税事業者となるべきところ、法人化することにより免除

節税効果:所得金額が800万円超

節税効果を考えた場合の法人成りのタイミングとしては、「所得金額が800万円を超えたとき」もおすすめです。

法人と個人事業主では、いずれも所得に対して課税がされますが、それぞれで税金の種類が異なります。

個人事業主については、その所得に対して所得税が課せられますが、課税の区分は7区分、税率は5%~45%となっており、所得が増えるほど累進的に税率が高くなる仕組みとなっています。

所得税の速算表(参考:所得税の税率(国税庁))

課税される所得金額税率控除額
1,000 から 1,949,000円まで50
1,950,000 から 3,299,000円まで1097,500
3,300,000 から 6,949,000円まで20427,500
6,950,000 から 8,999,000円まで23636,000
9,000,000 から 17,999,000円まで331,536,000
18,000,000 から 39,999,000円まで402,796,000
40,000,000 以上454,796,000

一方、普通法人には法人税が適用されますが、こちらの税率は利益が800万円以下の部分には15%、それ以上の部分については23.2%と、ざっくりした区分となっており、個人事業主の所得税のような高い累進性はありません。

この2つを所得部分のみについて比較した場合、課税所得が800万円以上になると、個人事業主の所得税額が法人税額を上回ることとなります。

<個人事業主>

800万円(課税所得)✕ 23%(税率)- 63.6万円(控除額)=120.4万円(所得税額)

<法人>

800万円(課税所得)✕ 15%(税率)= 120万円(法人税額)

所得税の税率は900万円を超えた時点で33%となるため、個人事業主としての利益が800万円~900万円頃が、法人化による節税のメリットが得られるタイミングとなります。

 

なお、法人については役員報酬に対して所得税が課税されるため、役員報酬額が大きいほど法人の所得を圧縮して法人税額を下げる役に立ちますが、反対に役員報酬に対する所得税は大きくなることに注意が必要です。

事業を拡大しようと考えている

個人事業主が、さらに事業の拡大をしようというときも、法人成りを考えるタイミングといえます。

事業の拡大や新規事業を行おうとする場合には、多額の資金が必要となるため、資金調達の必要が生じます。

なお、よく言われることに、「法人の方が融資に有利になる」ということがありますが、現在では個人事業主と法人とでそのような差はありません。

しかし、ベンチャー企業などから資金調達をする際には、出資という形で行われるため、法人でなければ調達が難しくなります。

 

また、法人の場合には、自ら「少人数私募債」を発行して資金を集めることが可能ですが、個人事業ではこのようなことはできません。

さらに、取引先によっては、個人事業とは「取引をしない」、「取引口座を作らない」というところも存在するため、個人事業のままでは思うように取引先の拡大をすることができないことがあります。

けれど、法人成りをすることにより、このような制約を受けることがなくなるため、さらに取引先の拡大をしやすくなります。

 

また、法人成りをすることにより、法的に法人と代表者の責任を分離することができます。

そのため、日本政策金融公庫の新創業融資制度のような無担保無保証の融資を利用した場合には、倒産などの万が一の事態が生じた場合でも、代表者が連帯保証人としての責任を負わずに済むというメリットがあります。

従業員を増やそうと考えている

売上げや業務量が増えて、従業員等を増やす必要が生じたときも、法人成りのチャンスといえます。

会社が成長してマンパワーが不足してきたときには、それを補うために社員やパートの採用が必要となりますが、個人事業の場合には社会的な信用力が低いため、希望する人材があつまりにくいという状況があります。

しかし、法人成りをすることにより、社会的な信用力が増し、募集において人材を集めやすくなるとともに、会社が発信する情報についても信用力が高くなりやすくなります。

 

ただし、法人成りをした場合には、従業員の社会保険・厚生年金費用の一部や、福利厚生費などの負担が生じるため、従業員の採用にあたってはこれらの費用とのバランスを考える必要があります。

本業とする決心がついた時

個人事業は手軽に始められるため、これを副業として行っている方も少なくありません。

また、取引量も少ない時には経理や事務処理も簡単に行えます。

しかし、事業が軌道にのり、売上げや作業量が増えてきた場合には、法人成りして本業とした方が信用力や節税といったメリットを受けやすくなります。

 

また、事業について何らかの許認可が必要となる場合、個人事業では途中で代表者の変更等があったときには、原則として許認可の継続ができないため、免許番号が1からとなり信用力が低下する原因となります。

けれど、法人化をしている場合には、代表者の死亡や変更があっても、免許自体はそのまま更新することができるため、事業の停止や信用低下を防ぐことができます。

 

なお、「はじめは個人事業で開業するけれど、近いうちに法人にしたい」とお考えの場合には、はじめから法人として開業することをおすすめします。

個人事業から法人成りをするときには、一度決算をし、資産や負債を法人に引き継ぐ必要があります。

しかし、実際には、個人事業の営業をちょうどキリのよいタイミングで法人に引き継ぐことが難しく、個人事業の期間が何日分か残ってしまうのが普通です。

このことは、個人事業の決算が12月31日で締め切られるのに対して、法人の設立が1月1日にできないことを考えればお分かりいただけると思います。

そのため、その数日のために個人事業を閉めるための決算手続きをしなければならないこととなります。

このようにこれから事業を始めるのであれば、最初から法人として起業する方が法人成りする際の手間や引継ぎの費用を節約することができます。

 

法人成りの目的を明確化

以上のように、個人事業から法人成りをすることにより、数多くのメリットを享受することができます。

しかし、法人成りにはデメリットもあり、また、それぞれの事業にあった形態ということも考える必要があります。

 

そもそも個人事業と法人を比較した場合、それぞれで事業の目的が異なります。

同じ利益を目指すための形態とはいえ、本来、個人事業は規模の拡大を目指さずに、売上高は少なくとも、固定した従業員を使用して、地域に根差した安定・継続的な経営をするのに向いています。

これに対して、法人では規模や売上げの拡大を重点的な目標として、多くの従業員を使い、全国的な経営をするのに向いた形といえます。

そのため、単に節税メリット等だけを考えて判断するのではなく、自分ではどちらの方向の事業を目指すのかをよく考えて決めることが重要といえます。

 

法人成りのタイミングはインボイス制度を意識

「インボイス制度」とは、消費税の額を正確に把握し、間違いやミスを防ぐことを目的とした制度です。

 

これにより、取引内容や消費税率、消費税額などの記載要件を満たした「適格請求書」を保存・発行し、売り手が買い手に対してより正確に消費税額を伝えることが期待されています。

インボイス制度は2023年10月1日から登録申請書の受付開始が予定されていますが、2023年10月1日から登録を受けるには2023年3月31日までに登録申請書を提出しなければなりません。

 

現在、課税事業者は、消費税を納税する際、自身が受け取った消費税を納税額から差し引くことができます。

これを「仕入れ税額控除」といいます。

例えば、売上げ税額が100万円で仕入れ税額が60万円の場合、納付すべき消費税額は40万円となります。

これまでは単にこの仕入れ税額控除を利用して40万円の消費税を納めればよかったのですが、インボイス制度の導入後は、仕入れ税額控除を受けるには制度にもとづいた「適格請求書」の発行が必要となりました。

もし、法人成りにより免税事業者となった場合には、適格請求書を発行できない事業者ということになりますが、その場合、取引の相手方は仕入れ税額控除を受けることができなくなってしまいます。

 

そのため、免税事業者とは取引しないという取引先が出てくる可能性も考えられます。

法人成りをしても、課税業者になることを選択すれば適格請求書を発行することはでせきますが、その場合には、消費税免除のメリットを失います。

このようにインボイス制度の実施後に「消費税免除のメリットを選ぶか?」、それとも「課税事業者となって、適格請求書を発行する事業者となるか?」という問題が生じるため、法人成りの際にはこれらについてもよく考えておく必要があります。

法人成りにはデメリットもある

法人成りをした場合には、メリットだけでなく、以下のデメリットが発生する可能性もあります。

〇 法人の設立に一定の費用がかかる

法人成りをする場合には、法人の設立手続きに一定の費用が必要となります。

 

自分で設立手続きをする場合には、最低でも株式会社については20万円〜、合同会社については6万円〜の設立費用が必要となりますが、定款を電子定款にしない場合や専門家に依頼する場合には、さらに10万円前後の費用がかかります。

〇 赤字でも税金がかかる

個人事業の場合は、所得が一定額以下の場合には住民税が免除となりますが、法人では、赤字の場合でも7万円※の法人住民税(均等割分)が必要となります。

 

※ 東京都の場合。

具体的な金額は都道府県により異なります。

〇 社会保険への加入が強制される。

保険や年金の会社負担が大きくなる。

法人の場合は、従業員の人数にかかわらず社会保険への加入が義務となります。

 

また、従業員の保険料や年金の半額以上(労災保険については全額)を負担する必要があります。

〇 記帳や決算手続きが複雑になる

法人の場合には、個人事業よりも勘定科目が多くなり、記帳や決算の手続きにおいて専門的な知識も必要となるため、その分処理が難しくなります。

 

税理士は法人化を勧めがち!その理由とは

税理士に法人化をするべきかどうかを尋ねた場合、多くのケースで「YES」という回答が返ってきがちです。

これはもちろん、その方の利便性や節税効果を考えてこのように回答していることがほとんどですが、中には以下のような理由が動機となって、法人化をすすめていることもあります。

〇 法人化に伴う手数料が見込める

法人成りをする場合には、個人資産から法人への移し替え、税務署への届出といった税理士本来の業務の他にも、定款の作成や法人設立の登記、社会保険への加入といった数多くの手続きが必要となります。

これらの手続きは、定款作成は行政書士、法人登記は司法書士、保険加入は社会保険労務士の専権事項であり、これらの資格を有さない税理士はこれを行うことが禁じられています。

また、これ以外にも会社設立後には、役員変更や建設業における決算届、社会保険事務所への定期的な報酬額の届出なとの手続きが発生します。

税理士事務所では、これらの手続きを自分の事務所の有資格者やグループ会社にこれを行わせることにより、直接または間接的に収入となることから、これが法人化をすすめる動機となっていることがあります。

 

〇 取引や手数料の拡大が見込める

税理士の事務所では、仕分けの処理数や法人の資本額により顧問料を設定しているケースが少なくありません。

個人事業の場合には、さほど仕分けの数が多くなく、また、資本金はないため、あまり多くの手間にはなりません。

しかし、法人では、資本金を設定しなければならないことや仕分けの数も増加するのが一般的なため、依頼者が法人化することにより、将来的な手数料の増加を見込むことができます。

 

したがって、税理士に法人化の有無を確認するときには、単純にそのすべてを鵜呑みにするのではなく、この記事に記載した基本的なメリットやタイミングを理解した上で、「自分自身にとって必要なのか?」、「本当にいまが最適なタイミングなのか?」を判断し、決断することをおすすめします。

まとめ

個人事業主が法人成りをした場合には多くのメリットが得られる可能性がありますが、どのタイミングで行うかによっても結果が大きく左右されます。

また、法人成りには、メリットだけでなくデメリットもあるため、このことをよく理解しておかないと「個人事業のままの方がよかった」ということにもなりかねません。

そのため、法人化をする場合には、税理士にすすめられたからという理由だけではなく、シッカリと自分の状況を踏まえたうえで判断する必要があります。